高平康司

くるますし

高平康司

─就職した経緯を教えてください

家業を継ぐための修行

高校を卒業するまで、実家の手伝いをしていました。上京して、鮨や日本料理のお店で経験をさせてもらいまして、その後、親方の店の募集を見て応募しました。私の場合は、いずれは地元で家業の鮨屋を継ぐつもりでいましたので、そのための力をつけたくて、自分がここでできることは頑張ってやります、ということを伝えていました。親方には、21歳から26歳まで、まる5年お世話になりました。

─親方の指導について

料理に向き合う徹底した厳しさ

職人の先輩から後輩への指導に対しても、親方は厳しくチェックされていました。教えられる側にとっても、とても緊張感がある現場でした。料理というのは、温度管理やちょっとした気づかいの積み重ねで味わいが本当に違うものになるんです。たとえば、まかないを作るところから本気でやらないといけない。印象深く覚えているのが、私が入社した初日、まかないの味噌汁がぬるかった時の親方のご指導です。「ぬるい味噌汁を平気で食卓に並べるような気持ちでは、お客さんにもぬるいものを出してしまうよ」と。職人全員で味噌汁を温めなおしました。それはもう忘れられない経験です。そういう気持ちは、料理人として全てに繋がっていくというか、生半可なことはできないなと思いました。

─親方との思い出を聞かせてください

高みを目指して、
やりたいことに挑戦できる場

色々なことに挑戦させていただきました。休みの日に、他の日本料理店に研修に行かせてもらっていた時期がありました。親方は、毎回、研修先の手土産として、私に太巻き3本を任せてくれていたんです。今思えば、店の材料を惜しみなく使った太巻き作りを3本も任せていただいていたのはすごいことだなと思います。とにかく仕事を上達させること、技術を身につけること、それから鮨よしたけで提供している料理を美味しくすること、高められることに対しては、絶対やるべきだと。親方が、常にそういう考えで仕事をされているので、 私も自ずと徹底的に極めるぞという意識を植え付けられました。 親方はよく、「高みを目指すぞ」と言われていて、少しも妥協しない方でした。

─親方の魅力について

仕事に厳しくも、人間味のある親方

日々の自分の取り組みとして、調理方法や素材について勉強して、美味しいものができたら親方に食べていただいていました。それを店の料理のアイデアとして採用してくださった機会もあり、それが当時の自分としてはものすごく嬉しかったんです。自分が色々考えていいものができた時に、お客様からも美味しいという反応があると、料理人としての本当の喜びはこういうことなのかと、仕事を通して教えていただきました。親方は仕事に対して厳しいですが、そういう接し方をしてくださって、やりたい気持ちを受け止めてくれました。そこに愛情をすごく感じましたし、とても人間味のある方、まさに「親方」だと思います。

─仕事で大切にしていることについて聞かせてください

大切なのは、素材の声を聞くこと

料理の修行は、気づくことが大切だと思っています。些細なことに気がつける能力を養うことですね。料理の技術や道具も大事ですが、常に目を光らせて行動できる、そういうポイントを学んだというのはすごく感じています。私は現在、愛媛にいますが、鮨の素材も愛媛と東京とで同じやり方をしていては美味しいものにならないんです。愛媛では生きた状態の魚が手に入ります。生きた魚を管理するというのは、冷やし方も、血抜きの仕方も違うので、親方に教わったことをそのままやるのではいいものに仕上がりません。それをどうするのかは、素材に聞かなければいけません。魚が語っていることを聞き取れないと作れないんです。素材の声を聞く、その耳を養うことが美味しいものを作る修行だと思っています。

ー鮨よしたけで働く魅力

本物を感じながら、
学びを深めることができる職場

鮨は、日本が誇るべき国技だと思っています。海外の方にとって最も関心のある日本の食文化の一つですし、海外でも鮨は浸透していて各国で独自の鮨が発展するくらい愛されています。鮨には人間の脳に訴えかける美味しさ、無性に食べたくなる旨味があります。旨味が一体に複合し調和したものを一口でいただく。その形態を確立しているので海外の方にも伝わるのではないかと思います。鮨よしたけは、突き詰めて、その頂きを目指す、そういう勢いのある気に満ちた職場でした。伝統的、文化的、歴史的背景もある鮨を学んで、それを職にすることは、日本を背負っているくらい勢いがあることです。だから、私は非常にやりがいがあると感じていますし、親方のお店は本物に触れながら仕事ができる環境があると思います。